Daily Archives: 2017/01/29

AIREからお客様へのお知らせ。

AIREからお客様へのお知らせ。
AIREからお客様へのお知らせ。

 

日頃よりAIRE(アイレ)をご愛顧いただき誠にありがとうございます。
本日はオーナーからお客様へ
ご報告があります。

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3月20日をもってAIRE(アイレ)を
閉店することを決意いたしました。

2011年12月10日の開店から5年と3ヶ月と10日。
応援して下さった皆さま
宣伝して下さった皆さま
お買い物にいらして下さった皆さま
一緒に働いてくれたスタッフのみんな
そして私のわがままを認め応援してくれた主人に心から感謝申し上げます。

AIRE

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本日から3/20閉店まで大々的に
「原価セール」を開催いたします!
アイレの商品は何から何まで全て
私が愛情を込めて一点一点セレクトした物。
私の可愛い分身達をぜひお家に持って帰って
可愛がっていただけませんか?
ミッフィの活動を応援して下さる皆様、
次の活動に向けての資金作りのため
商品の現金化に何卒ご協力をお願い申し上げます。
すべて原価又はそれ以下で販売しております。

AIRE

AIRE

今まで一度もアイレに足を踏み入れたことの無い方
ぜひぜひぜひ私に会いにいらしてください。
アイレの営業時間は12:00〜19:00
定休日は木曜日です。
下記の不在日程以外は連日アイレにおります。
毎日美味しいハニーティーやフィデウワ、
ピンチョスなどを振る舞う予定です。
気分次第でスペインワインも開けちゃおうかな。

ミッフィ不在予定(1/29現在)
2/4(土) 全日〈ミッフィバスクツアー打ち上げのため〉
2/11(土)12:00〜15:30 〈バスクの第一人者萩尾先生の講演会のため〉
2/18(土)全日 〈アカデミー・デュ・ヴァン講座準備のため〉
2/19(日)12:00〜15:30 〈アカデミー・デュ・ヴァン講座のため〉
2/28(火) 全日 〈本社での月末業務のため〉
3/5(日) 12:00〜17:00 〈オペラ歌手 鈴木慶江ちゃんのコンサートのため〉
*突然出版の打ち合わせなどが入ることもあると思います。
ご来店の際は念のためご連絡くださいませ。

AIRE アイレ
渋谷区神宮前4-13-1
アパートメントひろしま102
03-6447-2977

表参道駅A2出口より徒歩5分
アップルストアーから表参道を下り、表参道ヒルズの裏手に抜ける新潟館のある脇道へ。新潟館を通り過ぎて2本目を右折。坂道を登っていくと右手にスペイン国旗が見えてきます。

http://aire-minerva.com/

何卒応援よろしくお願い申し上げます。

AIRE

AIRE

☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここから今の気持ちを書かせていただきます。
前代未聞の超長文になります。
お時間とご興味と気力のある方は
ぜひご覧いただければ幸いです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆

私は大学を卒業と同時に23歳で結婚。
祖母と両親に就職することを許されず
たくさんのお見合いを重ねて主人を選び
誰一人友達のいない北海道に嫁ぎました。
私たちの世代はバブル絶頂期。
お友達は次々と就職が決まり
社会で活躍する姿がいつもうらやましく
「私も自分の力を試してみたかったなぁ。」と
吹きすさぶ雪の中、何度思ったことでしょう。

10年後には東京で開業したいという
主人の言葉を励みに
20歳の若く貴重な日々を無駄にしないよう
早く子供を産み、北海道の大自然の中
のびのびと子育てしようと決意。
あの23歳での決断はよかったと思っています。

主人と共にアメリカ留学も夢見ていましたが
主人は絶対私費留学はしたくないというポリシー。
なかなかグラントを出してくれる大学が見つからず
数年間待ちながら、将来の子供たちの教育をどうするのか
いつも二人で悩んでいました。
そしていつまでも先の見えない日々が辛く「留学」を断念。
1年間お礼奉公の残る主人を単身で岩見沢に残して
長男の小学校受験のため東京に行くことを決意しました。
引っ越して2週間後、生活が落ち着いたところに
主人から送られてきた1枚のFAX。
それはYALE大学医学部の研究室から送られたものでした。
「2年間の研究費用を出すのでぜひうちに研究に来て欲しい」
と書かれた英文を見て、経済的に断念するしかなく
主人の無念を思って声をあげて泣いたことが昨日のようです。

そして1998年「こなり眼科」を開業。
私はようやく31歳で社会人デビューすると同時に
経営者としてもデビューしました。
私の仕事は主人が安心して診療だけに専念でき、
居心地よくリラックスして過ごせる空間作り。
初めて与えられた任務が嬉しくて
「縁の下の力持ち」「黒子」「汚れ役」として
一生懸命働きました。
失敗を重ね、嫌なことを言わねばならない立場の辛さや
人に嫌われることの必要性を学んだのもこの頃です。

仕事に夢中になり過ぎて子供たちのことがおろそかになり
長男が心因性視力障害になったり
次男の描く絵がゴヤのように黒い絵になって反省。
それからは子育ても手を抜かず
楽しい食卓になるよう配慮し、一緒に遊ぶ時間を尊重。
お弁当作り、制服のアイロン掛け、お稽古の送迎など
毎日フルスケジュールでこなす日々でした。

1999年に眼鏡とコンタクトレンズの販売会社
有限会社ミネルバカンパニーを設立。
がむしゃらに眼科クリニック、眼鏡店、
家族のために尽くして11年経ったある日。
私の提案した事業拡大プランに
初めて主人が異論を唱えました。
「もう十分働いているから、
これ以上の発展は望んでないよ。」
という主人の言葉に途方に暮れていると
「子供たちが成人したら、何か好きなことをやってみたら?
もちろん、今まで通り仕事はちゃんとやってね。」
との思いがけない言葉をもらいました。
丁度長男が18歳で次男が17歳。
「後3年か。よし、3年後に何をするのか考えよう。」
2009年「未来の私」のため模索の日々が始まりました。

茶道の免状を生かしてお茶の先生になるのはどうかしら?
2級建築士を生かして建築事務所かハウスメーカーで
キッチンの設計とかするのも面白いかも。
せっかく簿記も取ったから専門学校の先生もいいかな。
そんな中捨てきれないのがスペインへの思いでした。
考えてみたら1989年に新婚旅行で訪問したのを最後に
20年間もスペインの地を踏んでいないことに気づいたのです。

突然湧き上がったスペインへの熱い思い。
猪突猛進タイプの私はいてもたってもいられず
スタッフと相談してなんとか5日間の休みを取り
3泊5日の弾丸マドリード行きを決行しました。
20年ぶりのマドリード。
住んでいた建物が新しくなっていたり、
ペセタがユーロになったりともちろん変化はありましたが
街に溢れる蒸せ返るようなオリーブオイルの匂い、
テラスで談笑するおじさんたちの葉巻の香り、
乾いた風、そして懐かしいスペイン語の響き。
一瞬で20歳の私に戻り心の中に何かが湧いてきて
嬉しさとも悲しみとも違う涙が溢れました。
マドリードは私の故郷。私はここが好き。
「そうだ。何かスペインに関連した仕事を考えよう。」

今度は「スペイン」をキーワードに模索の日々が始まりました。
通訳や翻訳も考えたけれど、
せっかくならオリジナルなことがいいな。
Vichy Catalan もTe con Miel も
思いつくことは大抵もう誰かがやっています。
うーん、まだ誰もやったことがないことないかなぁ。
そして3度目の渡西で出会ったのがUNO de 50でした。
大振りでユニーク、そして温もりのあるデザインに一目惚れ。
「これだ!これにしよう!」
マドリードで偶然出会った方々に助けられ
本社に足を運んで思いを伝え、メールで何度も協議。
ついに2011年3月3日販売許可を頂くことができました。

でも帰国後1週間して未曾有の大震災が起こります。
日本全体が悲しみに包まれ
とても生活に必要ないものを売る気持ちになれませんでした。
呆然とし3ヶ月程過ぎた頃
国際担当のセルヒオからメールが届きました。
「Fukiko、どうしてる?
日本が今辛い状況なのはよくわかるよ。
でもどうか前を見て歩いて。
一緒にUNO de 50の商品の魅力を伝えていこう。」
その彼の言葉に背中を押され、
迷いつつも1歩踏み出してみることにしました。

7月に最初の発注。
でもスペイン企業は長いバカンスシーズンに入り
なかなか連絡がきません。
ようやく来たと思ったら、
今度は希望した商品が品切ればかり。
何度も在庫確認と発注を繰り返し
初めての荷物が着いたのはすでに10月末になっていました。
でも届いた商品はとても素敵で、検品しながら
「これは眼鏡屋の片隅で売ってる場合じゃない。
表参道できちんとしたブティックを始めよう。」
と思ったのでした。
そして翌日から不動産屋巡りを開始。
11/1にこの物件と出会い、11/11に契約。
「スペインの風を日本の皆様に伝えたい」
という思いを込めて店名はスペイン語で
空気や雰囲気を表すAIRE(アイレ)に決定。
1ヵ月で内装工事をし、IKEAの家具を組み立て
なんとか12/10にオープンに漕ぎ着けました。

オープンしてからは新商品を発掘するため度々スペインへ。
アクセサリーにとどまらず洋服、鞄、小物と
種類が増えて今に至ります。
店頭にスペイン国旗を掲げていることで
この店内で数々の運命の出会いがありました。
世界で2番目に好きな男Ronaくん
神楽坂エスタシオンの野堀シェフ
代々木公園アルドアックの酒井涼シェフ
静岡からスペインを発信していたホルヘ先生
スペイン情報発信エスブレンドの木村円ちゃん
などなど数え切れません。

インフォメーションセンターのように
スペイン旅行の相談にのったことも数知れず。
「サラ・デ・アイレ」というお料理デモンストレーションと
文化レクチャーの会も企画するようになり、
派生して「ミッフィと行くスパニッシュナイト」も開始。
商品を売るよりもいつしかスペイン文化や旅情報を
発信することがメインとなってきました。

ただ、スペイン情報発信基地としては機能していても
残念なことに、思うように肝心の商品が売れず
だんだん経営的に苦しくなってきてしまいました。
当初3年間で軌道に乗らなかったらやめると主人と約束。
3年経った時に懇願して、後2年猶予をもらいました。
昨年12月に5周年を迎え、アイレの問題点を冷静に分析。
4点の問題点があぶり出されました。

1 商品のテイストが日本の市場に馴染まない
スペインらしい商品はカラフルで存在感がありユニーク。
洋服なら白・黒・グレー・ベージュ・カーキ、
アクセサリーは金色で繊細なものを好む日本人には
なかなか受け入れて頂きにくい。
まだまだイヤリングの方も多く、ピアスが売れない。
金属アレルギーの方が多い。

2 スペイン人との商取引の難しさ
お金を振り込んでもなかなか発注した商品が届かない。
届いた商品が数や種類、色など必ず何かしら間違っている。
再度送ってもらうと更に送料と関税がかかる。
突然担当者や社長が変わり、その度に方針が変わる。
突然仕様が変わり、断りもなく送ってくる。
突然何の連絡もなくブランド名が変わる。
不良品が多過ぎる。
不良品の鑑別観点が細やかな日本人とは相容れない。

3 スタッフ
募集してもなかなか良い方に巡り会えない。
妊娠、出産、介護、留学、卒業、転勤、転居などで
一生懸命育てた優秀な人材が辞めてしまう。
常勤の雇用に匹敵する売り上げが実現しない。
パートばかりだと情報伝達がうまくいかない。
今一番頼りにしているキーパーソンが3月に辞めてしまう。
また新しくスタッフを募集してもいつ巡り会えることやら。

4 経済的問題
とにかく売り上げが低過ぎてお金が全く回っていない。

以上の問題点が今後劇的に解決するとは考えにくく
苦渋の選択ですが実店舗としてのアイレを閉めることに。
オンラインショップだけは残して細々と継続します。

この5年間休みなく突っ走ってきました。
アウトプットに専念して枯渇した自分に
少し栄養補給するする時間を取りたいと思っています。
今後の展望についてはまた別の記事でお知らせいたします。
長文を最後までお読み下さりどうもありがとうございました。
これからも小成富貴子をよろしくお願いいたします。